諏訪地方の植生
1、高山帯 (写真;シラビソ)
諏訪地方では、蓼科や八ヶ岳連峰の標高2,500m以上の地域が高山帯になります。
八ヶ岳の高山帯の年平均気温は約0℃で、植物の生育期間は3〜4ヶ月しかありません。風雪が穏やかな地域では、ハイマツが群生し、草本層ではコケモモ・イワカガミ・ゴゼンタチバナなどの植生がみられます。 山頂や稜線付近など、強風のために常に雪が吹き飛ばされて積雪が生じない、いわゆる風衝地では、ミネズオウ・コメツガザクラ・クロマメノキ・ガンコウラン・ツクモグサなどが分布しています。ゴマノハグサ科のウルップソウとキンポウゲ科のツクモグサは、北海道の一部を除いて、八ヶ岳の横岳周辺と北アルプスの白馬岳周辺だけに生育している高山植物です。
その風衝地では、冬季、特に土壌が速く急激に凍結し、厳しい低温にさらされる、極めて苛酷な環境でありが、逆に植物には積雪の障害がなく、春早くから芽出しを始めることができます。ただし、霜害の危険に晒されます。
横岳・赤岳・硫黄岳などの、そうした風衝砂礫地では、コマクサ・ウルップソウ・タカネスミレなどが小群落をつくります。ヤツガタケキスミレは タカネスミレと同様に花柄は黄色で、その唇弁に赤紫の筋がありますが、タカネスミレより細長く、八ヶ岳の特産種で稜線沿いの砂礫地に多く自生しています。ツクモグサは、八ヶ岳の中でも赤岳から硫黄岳の間、特に横岳周辺の西斜面に集中しています。
風衝地とは逆に、窪地に吹きだまりの雪がいつまでも残る、それが雪田で、その積雪は厳しい寒気や強風から植物を護り、長期間、雪田下に埋もれて芽出しの準備を整えます。草本は、雪が融けると一斉に発芽し若葉を開きます。残念ながらそれに由来する湿性のお花畑は、八ヶ岳ではほとんど存在しません。
火山砕屑岩台地(かざんさいせつがんだいち)では、多量の火山砕屑物が噴出堆積し、地形の凹凸を埋め、ほぼ平坦な台地となります。その地域では、ナデシコ科の多年草イワツメクサやオンタデ・イワスゲ・コメススキ・イワベンケイなどの花が楽しめます。
2、亜高山帯 (コバイケイソウの群落)
車山は霧ヶ峰連峰の主峰で、標高は1,925mあります。1,985〜2,004年の20年間の車山山頂気象観測所が測定した平均気温は5.9℃でした。その車山の山頂付近と蓼科・八ヶ岳山系の標高1,800m以上から高山帯の2,500mの森林限界までが亜高山帯でしょう。ただ植生に基づく分類が本質ですから、南アルプスの入笠釜無山系では、標高1,500mから既に、亜高山帯特有の植生が現れています。蓼科・八ヶ岳の亜高山帯では、高木層としてシラビソ・オオシラビソが優占し、部分的にコメツガの樹叢が見られます。
その高木層は、4〜5mを超えるシラビソなどが繁茂し、その樹高が8m以上をT1(高木第1層)、8m未満をT2(高木第2層)と分類します。 蓼科・八ヶ岳では高木第1層が優占しすぎて、高木第2層は生育していないようです。
低木層としては、車山山頂の北面の樹木のオオカメノキ・ミネカエデなどがあり、特にヌルデ・ウラジロナナカマドが、車山の紅葉の主役になっています。蓼科・八ヶ岳では、コヨウラクツツジ・ハクサンシャクナゲが、シラビソ・オオシラビソの林間を厚く覆う苔の中で群生しています。草本層では、コミヤマカタバミ・タカネノガリヤス・マイズルソウ・タケシマラシや秋に葉が枯れてしまう夏緑性のミヤマワラビが登山道沿いで目立ちます。
入笠釜無山系では、白岩岳・横岳の頂上あたりでシラビソ・オオシラビソ・コメツガなどの常緑針葉樹林が優占し、低木層ではナナカマド・ミネカエデ・オオカメノキ・ウラジロカンバ・コヨウラクツツジなどが主で、亜高山帯の秋を紅葉・黄葉で美しく彩ります。草本層ではマイズルソウ・ゴゼンタチバナ・カニコウモリ・コミヤマカタバミなどが、小ぶりで淡い色合いの可憐な花を咲かせます。ミヤマスミレも、標高1,000mを超える辺りから、草丈は20pほどですが、6月頃、鮮やかな紫色の花を咲かせます。
北八ヶ岳にある白駒池は、標高2,115mで、典型的な亜高山帯に属します。美しい深山の紅葉で有名です。通常、見頃は10月早々です。その紅葉は、奥山の山岳風景が背景となるため深みのある格別な馳走となりますが、残念ながら盛期は一週間ももちません。ドウダンツツジやナナカマドの紅葉やダケカンバの黄葉が、湖面に映える光と影となり見事な協演となります。車山湿原と同様、好事家が毎年訪れる紅葉のメッカとなっています。
3、山地草原 (ウバユリ;縄文人はその球根を美味しく食べていました)
諏訪地方の山地草原は、八島ヶ原の高層湿原が主舞台となっています。その湿原と霧ヶ峰高原は、第三期フォッサマグナ地溝帯の中に噴出した車山連峰の火山群の溶岩流によって形成されました。その上に旧石器時代の氷河期にも活発に活動した御岳火山の火山灰をかぶり、縄文時代以降に形成された有機黒土層の下に、火山砕屑の赤土層を形成しました。現在のように霧ヶ峰連峰の主峰・車山(1,925m)を中心として展望が開ける山地草原の基層を形成しています。いずれにしろ亜高山帯より低い、車山高原・霧ヶ峰・八島ヶ原と連なる山地草原は、標高1,200〜1,600mに位置します。
気候的にみると、夏の気温は25℃前後が最高で、夏の平均気温は12〜15℃です。それは北海道の最北端にある宗谷岬と、その西方のノシャップ岬とで宗谷湾を形成し、その湾の西岸にあたる稚内市と同じ値となります。また車山と諏訪地方の降水量は、意外に冬は少なく夏に多いのです。
月の平均気温が0℃以上が植物の生育の条件で、その日数は6月〜9月にかけての約4ヶ月の120日以内であるため亜寒帯に属します。
この地域の植生の特徴は、車山高原から霧ヶ峰にかけて濃密に圧倒的な勢いで展開するニッコウキスゲの大群落が教えてくれます。典型的山地草原に広がる雄大な景観に、しばし観光客から喚声が上がります。
天然記念物に指定されている八島ヶ原湿原・車山湿原・踊場湿原の三つの湿原と車山の山地草原は、林間の日陰では育たたない陽性植物群を育む大地となっています。
フデリンドウ・ラショウモンカズラ・ヤマオダマキ・アマドコロ・コバイケイソウ・アヤメ・ヤナギラン・シモツケソウ・ウバユリ・ワレモコウ・マツムシソウ・ウメバチソウなどが、約4ヶ月に亘り季節折々の花が咲き競います。
その一方で森林化が進行しています。強清水・沢渡・物見石下では、ミズナラを中心とする樹叢が広がっています。八島ヶ原湿原周辺では、レンゲツツジが優占状態になっています。八島ヶ原植物群落・踊場湿原植物群落・車山樹叢と車山湿原など山地草原に植生する植物群落領域が総称され「霧ヶ峰湿原植物群落」として国の天然記念物に指定されました。
高ボッチ山・鉢伏山・三峰山では風衝が厳しく森林化を阻んでいます。
「霧ヶ峰湿原植物群落」では、車山樹叢のミズナラを別格として、レンゲツツジ・クサボケ・ニシキウツギなどの低木が主で、草本ではヤナギラン・イタドリ・ヤマドリゼンマイやヨーロッパ原産のイネ科のナガハグサなどが目立ちます。霧ヶ峰の乾燥草原は、江戸時代以前から既にススキが優占し、秣・家萱や厩肥(うまやごえ)・刈敷きなど田畑の肥料として、戦後も日常生活に不可欠な資源でした。そのため山焼きの風習が維持されてきました。
山地草原が秋を迎えると、果てしなく広がるススキの花穂が高原を埋め尽くし、西日を浴びて銀色に光り輝く風景を見事に演出してくれます。
伊那市高遠と長谷や諏訪郡富士見町の境にある入笠牧場では、イネ科のトダシバやシロツメクサ・オオバコなどが広く繁殖しています。特にオオバコなどが牧草として人為的に優占しています。シロツメクサはクローバーとも呼ばれ、日本に渡来したのが江戸時代で、花を乾燥させ輸入物のガラス器などの緩衝剤の詰め物として利用されました。それが名の由来となります。以後、繁殖力があるため牛の餌に有用とされ、日本列島では、繁茂します。
オオバコは、人の往来により踏み固められた所に植生します。高くのびる性質がなく、陽性植物の典型でありながら、他の植物が侵入し優勢となると、背丈が低いため負けて消滅しています。路上植物といわれながらも、今では高山帯にまで達しています。オオバコは、人の踏みつけに弱い他の植物が勢威を失うと、再度活発化します。
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