反芻獣ニホンジカの食害
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 ☆鹿増加の背景

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 1)シカの四季と反芻胃の関係  2)鹿の反芻胃の重要性  3)反芻胃の機能
 4)シカと植物の共進化  5)日本各地のシカの食害  6)シカの食害対策と銃弾との関係
 7)シカの食害対策  8)環境省による食害対策  9)環境省による「南アルプスにおける事例」
1)シカの四季と反芻胃の関係
 ニホンシカの学名はCervus Nippon=ケルウス・ニッポンです。ケルウスとは、ラテン語のシカの意味で、ニッポンの名が冠されています。

 タンパク質含有率が比較的高く高栄養ですが、林内に散在する双子葉植物の植生範囲は限られています。そのため草地に、タンパク質の含有率が低いが大量に生育するイネ科やカヤツリグサ科などの草本(グラミノイド)を中心にニホンジカは採食します。
 それら植物を摂取する際に選択的に採食するには、口先が尖っていた方がよい、ニホンジカの子ジカ・メス・オスの切歯列幅は、17.9mm・21.3mm・24.5mmで、メスとオスの比は1.15あります。
 冬はシカの採食時間が短くなります。枯れ草やササばかりで栄養価も低く選びようもありません。常緑であるササは、越冬期のシカにとっては特に重要です。それで、冬期、子ジカ・メス・オスで食性に違いが生じません。草食獣の研究の先進地・欧米ではササがないため、かつてはまったく知られていませんでした。ササが生育する大地・日本列島が、ニホンジカを育んできたのです。
 初春になると枯れ野原にフキノトウ・ヤマウド・スミレ・ショウジョウバカマなどが芽を出し始めます。子ジカやメスは栄養価の高い青草を選び、緩急をつけて歩いては立ち止ります。大きいオスジカはたくさん食べなければなりません。余り選択する余裕がありません。特に「ナワバリ・オス」は交尾期に合わせて脂肪を蓄積してきましたが、10月の交尾期、ナワバリの確保やメスの見張りなどで、秋の採食もままならず体力を消耗させていきます。11月、交尾期が過ぎると「ナワバリ・オス」は、見る影も無くやつれ果てます。その時期、ようやく若いオスに交尾する機会が与えられるのです。
 初冬でなれば落ちたばかり枯葉やササで体力を維持しなければなりません。降雪が多い地域では,それも束の間で、体重維持が困難になり蓄積脂肪を消費しなければなりません。冬が長引けば、春先に大雪が降ることも多く、やがて体力を消耗し尽し、残雪に死体を晒すようになります。
 「ナワバリ・オス」は春に、再び体力を回復させなければ、今年の秋には、その地位を失います。
 夏になると7月、スグリやヤマグワの実がなり、栄養価の高い草本類が繁茂し、選択する必要がなくなり、ただひたすら採食に励みます。子ジカ・メス・オスなどに食物の内容に差がなくなります。体格に合わせて摂食するだけです。
 大地は、10月位までは豊富な緑の葉を残します。一部の植物が枯れても、栄養価が極めて高いヤマブドウ・アケビなどの果実やブナ・ナラなどの種子が実ります。子ジカやメスは、そうした良質の食物を選択的に食べます。大きなオスジカは、食物として良質ですが、供給量が少ない果実や種子だけでは足りず、低質な植物まで採食します。それで秋、オスジカがシバの群生で懸命に食み続け、子ジカが母ジカと一緒に草むらに頭を下げている光景が見られるのです。
 同じシカで同じ植生環境でありながら、子ジカ・メス・オスでは、季節ごとに食性の違いが生じます。子ジカとオスとでは胃の構造も違います。子ジカは他の草食獣の子供と同じように、乳離れするまで母乳を飲んので反芻の必要がありません。母親に習い徐々に草を食べるようになります。
 シカは牛と同じく反芻動物であり、胃は4室に分かれています。人の胃に相当するのは第4胃です。食物は第1胃に入り、その第1胃内に住む微生物と混じり合いながら第2胃に進みます。第2胃から口に戻され反芻を繰り返すことで食物はさらに細かくなり、食道溝を通って第3胃に送られます。第3胃で水分が吸収され、第4胃で消化されます。第1胃から第3胃は食道が変化したもので、人間の胃にあたるのが第4胃です。成獣では第1、第2胃が大きく、重量で胃全体の約80%を占めています。
 ニホンジカの胎児の胃は、第1・第2・第4がほぼ同じ大きさで、その間に小さな第3胃があります。これがシカの原型で、誕生して草を食むにつれ、第1、第2胃が大きく発達します。それは成長に伴う後天的な必要性からの発達で、その後、体重が増えるにつれ第1胃が一段と拡大していくのです。それは、まさにシカの進化の過程をなぞるものです。成長しセルロースが多い草木を食べる量が増えるにつれ、反芻の必要量が増え、それに伴い第1・第2が発達していくのです。
 セルロースは、植物細胞や繊維の主成分で、冷水にも熱水にも溶けません。しかし天然の植物質の1/3を占め、地球上で最も多く存在する炭水化物です。それなのに、本来、人間を含めて哺乳類は消化分解することができませんでした。
  光合成で草木が作り出したデンプンやブドウ糖をもとに、セルロースは、草木の体内で作り出されますが、デンプンとは違った働きをする分子です。デンプンは、草木を生育させるエネルギーを貯蔵します。米や麦の主成分もデンプンです。芋類やトウモロコシなどの澱粉質を精製して白い粉状にしたのが片栗粉やコーンスターチになります。
 その草木のひとつ一つの細胞を囲む硬い細胞壁を作っている分子のひとつがセルロースなのです。この細胞壁の硬さを利用したものが、麻・綿などからとり出される繊維で、セルロースは繊維のもとですから繊維素と呼ばれています
  日本ではコウゾ・ミツマタという木の皮からとり出した繊維が、和紙のもととして今日でも利用されています。
 デンプンを食べると、体内にあるアミラーゼなどの酵素の働きで、デンプン分子がブドウ糖にまで分解され、やがてエネルギーなどに変えられます。一方、哺乳類には元来、豊富に存在する地上植物内のセルロース分子を分解する酵素が体内になかったため、食料に利用できませんでした。
 新世代の前半、6,500万年前~170万年前におとずれた乾燥化に伴う草原の拡大が、哺乳類に進化を促し、その消化器官内にバクテリアを飼うことで食料化に成功したのです。シカ・ウシ・ウマ・キリンなどは、体内にセルロース分子を分解するバクテリアを胃の中で飼うことで、セルロースをブドウ糖に変えられるよう進化したのです。ブドウ糖は血液中では血糖として存在し、インスリンによって濃度がコントロールされています。その血液中のブドウ糖の濃度が上がるとインスリンの働きで中性脂肪に変えられ、脂肪細胞として蓄えられます。ニホンジカが進化の過程でインド南部から東アジアへと北上し、極東ロシアのハバロスクにまで生息圏を広げられたのも、大型化して体内に蓄積した脂肪を消費する事で、極端に草本食物が減少する冬季を適応化で乗り越えてきたからです。
 人類も進化し、セルロース分子を少しだけ小さくする働きをする細菌を、大腸の中に飼っています。細菌の働きで小さくされたセルロースが、腸の機能を助けているのです。セルロースは水に溶けず、逆に腸の中で水を含んで数倍から十数倍に膨らみます。これにより腸の中の便を流動化し腸の壁を刺激し、腸のぜん動運動を活発化させ、便が腸の中に長くとどまることを防ぎます。腸内の便の通過時間を短くすることにより、便の中の有害物質を吸収されにくくします。排泄をうながすセルロースは、腸内の掃除を進めているのです。
2)シカの反芻胃の重要性
 霊長類の仲間である人類は、良質な食物しか利用していません。昆虫類・爬虫類・哺乳類・果実・穀類など、食材は種々ありますが、その中でも栄養価が高いが、自然界にごく僅か存在する食物に依存しています。現代では、更に美味を大前提にしています。
 動物の肉は栄養価が高くタンパク質そのもので、しかも味も良好で、これを捕殺するために人類は、種々の狩猟具を開発しました。数万年前の有史以前に発明された槍が画期となり、2万前にその機能を著しく向上させる投槍器を開発し、その狩猟技術を一段と向上させました。結局、かつて日本列島に生息していたマンモス・ナウマンゾウ・オオツノシカ・ヘラジカ・ヤギュウ・サイ・ウマなどを絶滅させてまいます。
 日本列島から大型哺乳類が消え去ると、シカやイノシシを中心とした中型哺乳類を狩りの対象にします。相手は的が小さいうえ、動きが素早い、1万数千年前、人類は最新式捕殺具として弓矢を発明しました。同時に猟犬を使います。短距離では負けますが、数頭の猟犬が、圧力をかけながら長駆し執拗に追いかけることにより、獲物の進路と退路を塞ぎます。やがて後肢に噛みつき逃走を阻みます。
 オオカミやライオンなどは、グループを狩猟用に特化し進化してきました。やがて獲物を捕殺するために、群れを統率し、待ち伏せなど様々な狩猟方法を開発しました。狩猟には過去の知見や洞察力が重要で、肉食獣には知能の高い種が多く、また獲物を捕殺するための鋭く丈夫な爪と牙を発達させてきました。
 人間や食肉目は、良質な食物を選ぶため大変な苦労が伴います。シカは反芻獣となり、低質ではありますが、豊富で簡単にえられる食材を選択しました。そのため臼状の歯と消化器官を発達させました。

 ニホンジカは、古生物学的には、ヒマラヤの南麓からから北東方面に生息地を広げた経路がたどられ、最近の遺伝子学的研究によれば約30万年前~50万年前に中国の北部で2亜種に分化したといわれています。ニホンジカは小型で、夏はオレンジ色で、成獣にも鹿の子斑が残り、やがて濃い褐色で毛足の長い冬毛に生え変わります。オスだけ4尖の枝角があります。枝角はこの時期に角化が完了し、袋角を覆っていた皮膚が剥がれて完成します。
 日本列島のニホンジカは、暖流の対馬海流が流れる日本海ができて多雪となり、有蹄類でも小型で脚が短いため、冬季の積雪期に、その生存に大きな影響が受けました。しかし日本列島からサハリンまでササが進化し繁茂し、冬季にも安定した食料を提供してくれました。寒冷地では森林の伐採あとが笹原になる例がよくあります。日本のブナ林の林床では、ササ類が優占する例が多く、太平洋側ではスズタケとミヤコザサ、日本海側ではチシマザサが優占します。カモシカは余りササを食べません。
 台湾のニホンジカは、ハナジカ(梅花鹿)とよばれ、かつては台湾の山岳地域や森林に生息していましたが、角や鹿革を取る
ために乱獲され野生では絶滅しています。日本産のニホンジカと異なり、冬にも白斑がみられ、今では動物園で繁殖したものが残っているだけです。ニホンジカは、極東ロシアにも僅か生息しているようですが、情報は限られています。
 ベトナムでは平成5(1993)年にオオホエジカ、1997年にヒメホエジカ、1998年にまた別のホエジカと新発見が重なりますが、ニホンジカは確認されていません。
 中国・朝鮮半島のニホンジカは、すべての生息地で地域的な絶滅状態に陥っています。中国東北部・朝鮮半島・ロシア沿海州などに生息するシカの内、ニホンジカ種の満州ジカ(梅花鹿;メイホアルー)及び満州アカジカ(馬鹿)の、未だ骨質化していない袋角を漢方として用いるからです。シカの雄は生後2年目の春から角が生えます。角は毎年生え変わり、春に角座から紫褐色の毛の生えた瘤のような袋角が隆起し、夏から秋に角化します。その成長期の角を、漢方では鹿茸(ろくじょう)として用いるのです。
 鋸で茸角の基部を切りおとした鋸茸(きょじょう)と、殺して頭蓋骨をつけたまま加工する砍茸(かんじょう)とがあります。最近では鋸茸が主で、生後3年目から毎年1~2回採取しています。日本では鹿茸が輸入され、一般にロシア製のマンシュウジカから採った「花鹿茸(かろくじょう)」が貴ばれています。鹿茸は火で焼いて毛を除き、焼酎に一昼夜浸したあと薄片にして乾燥したものを薬用にしたりします。
 中国は人口増加に伴う森林伐採と狩猟が重なり、多くの野生動物同様、ニホンジカも絶滅の危機に瀕しています。

 北海道・岩手・宮城・中部中南部・近畿・四国地方では、生息数が著しく増加していますが、東北地方の青森県・秋田県・山形県などや、北陸の新潟県・富山県・石川県などの多雪地帯では、積雪が分布を阻んでいます。関東地方の茨城県・千葉県・東京都などや、中国地方の島根県・山口県などのでは、分布が少ないようです。
 中国山地は地質学的に古く標高1,510m の氷ノ山を除くと高い山でも標高約1,300m~1,000m程度で、ナラ、ブナ、カエデなどの植生です。他はおおむね標高約500m~200m程度と低平です。山地における狩猟圧が執拗で、しかも強烈であったのか、カモシカが生息していません。古くから開発がなされて、その自然破壊が極めて長期にわたり、人の生業との関わりも頻繁でありました。現在、積雪が少ない中国山地の広島県側のでは、2万2千頭が生息するといわれています。近年の日本は、山地や山地農村から人影が去り、高齢者ばかりが残されています。狩猟圧どころか、田畑はニホンジカの採食場となっています。
 日本列島のニホンジカは、遺伝的には南北2つの集団に分かれる事が明らとなっています。しかし外形的形態では2群に分類しきれない多種の差異があります。シカなどの有蹄類は外部環境に適応する能力に優れ、同一種でありながら外形や生態ばかりか遺伝的にも変化します。
 北アメリカの森林に棲むワピチは、ユーラシアに生息するアカシカの仲間で、ヘラジカに次いで2番目に大きなシカですが、既知のシカの中では、遺伝的に最もニホンジカに近いといわれています。ニホンジカでも極めて近いはずの岩手県の五葉山と宮城県の金華山とでは、同じ東北地方の太平洋側であっても、体格の大小・繁殖・行動など、それぞれの小領域の環境に適応して大きな外形的差異を生じさせています。
 日本列島は南北に長く、山間部が多く、狭い地域内でも高度差があります。しかも人口密度が高いのです。ニホンジカは見事に、この複雑な環境変化に適応し、体型・採食・繁殖・行動などと合わせて、消化機能などの生理まで変化させてきたのです。日本列島には旧石器時代、現代では想像できない程の他種類の哺乳動物が生息していました。シカ類でもヘラジカ・オオツノジカ・シフゾウ・キョンなどがいました。シカにしてもニホンジカを超える大きなヘラジカは、中国北東部・アメリカ合衆国北部・エストニア・カナダ・スウェーデン・ノルウェー・フィンランド・ラトビア・リトアニア・ロシアに生息しています。現在オオツノジカは、世界レベルで絶滅しています。ヘラジカ同様、大型の角を持つのが特徴ですが、両者の類縁は遠いようです。現在では総てが、動物園で飼育されているだけのシフゾウは、ひづめはウシ、頭はウマ、角はシカ、体はロバに似ていながら、それらのどの動物にもあたらないので、四不像(しふぞう)と名付けられました。
 シフゾウは古代から中国に多くいたと思われますが、清王朝の北京皇族専用の狩猟用庭園「南苑」で飼育されていたものが、元治元(1,865)年、ヨーロッパに紹介されたときには、野生種は絶滅していました。その後イギリスのベッドフォード公爵がウォーバンで狩猟用に飼育繁殖させたものが増え、現在では中国の保護区に野生復帰がすすめられています。
 一方より小さなキョンまでも、旧石器時代の日本列島に生息していました。それらの多種のシカが絶滅するという大変化に、ニホンジカだけが何故、生き残れたのでしょうか。諏訪地方では、極めて狭い地域内の高低差を利用して、長い冬季に訪れる極めて厳しい環境変化に適応しています。
 日本列島は南北に細長く、丁度、中緯度にあります。北緯24度~46度で、中国では昆明から黒竜江省ハルピンまで、北アメリカではフロリダからシアトル、アフリカ大陸・ヨーロッパではサハラ砂漠からイタリアのミラノがその範囲に相当します。
 その気温差異も沖縄那覇の平均気温は22.4℃で、稚内は6.4℃と際立つ差異があります。その上、日本列島は、地形が急峻で平野部が少なく、しかも日本海と太平洋に挟まれています。夏は極めて暑く多湿です。そのため植生は本来森林で、北半は落葉広葉樹林帯で、南半は常緑広葉樹林帯で、北海道や本州の高地では針葉樹林や針広混交林(しんこうこんこうりん)と、地形と緯度の高度差が寒冷差となり、様々な植生帯を展開しています。
 ニホンジカはインド南部から東アジアを北上し、ロシア沿海州にまで達した過程で、暖温帯の年間変わらない安定した常緑広葉樹林帯を北上し、落葉広葉樹林帯に生存の場を移した時、春になれば草木類が一斉に芽吹き、夏はまさに万緑で採食に恵まれ、秋になれば種子・果実などで豊潤となり、それが一転して冬になれば積雪により移動が困難になり、草木は枯れ果てます。
 シカは冬になると採食量を減らします。ニホンジカは枯葉を食べます。沿海州のニホンジカも雪の少ない冬には枯葉を食べるといわれています。
 北上するニホンジカは、日本列島からサハリンまで繁茂するミヤコザサに出合ったのです。
3)反芻胃の機能
 反芻胃の構造も性差や年齢差があります。シカの胃内容物は、通常、植物片のササの葉と、ササ以外のグラミノイドでは、イネ科やカヤツリグサ科などの鞘葉や稈(かん;茎)・単子葉植物と双子葉植物の葉・樹皮・種子・果実などに区分できるほど多種にして豊富です。しかし季節により採草類は限られ、冬季はなおさらでササ・枯葉・樹皮などに限られ栄養価は極めて低いのです。2月下旬以降になると木々の新芽が膨らみ栄養価が高くなり、子ジカが啄ばむように食べ始めます。
 植物の葉の光合成は、根から吸い上げた水と葉の表面にある気孔という孔から取り入れた二酸化炭素を原料に光のエネルギーをつかって、ブドウ糖を合成します。植物のブドウ糖はエネルギーをうみだす材料としてたくさん使われます。ブドウ糖はデンプンとして一時蓄えられます。植物はこのブドウ糖から他のいろいろな必要な物質を作ります。根から水と一緒にチッソ・リン・カリウム・カルシウム・イオウ・マンガン・マグネシュウム・鉄などの無機物質を吸収してブドウ糖は変化します。チッソやイオウを含む20種類もあるアミノ酸を作り、アミノ酸からタンパク質が合成されます。その他、脂肪や、ビタミンなどもブドウ糖から作られます。これをさらに果糖とぶどう糖が結合させショ糖を合成します。ショ糖は砂糖の主成分でもあります。
 
 葉の内部には、栄養豊富な原形質が含まれています。その原形質は丈夫な細胞壁に囲まれているため、細胞壁の主成分であるセルロースを分解できなければ栄養を吸収できません。
 そのためシカなどの反芻獣は臼歯を発達させ、草を砕きすりつぶす能力を向上させました。また消化能力を高めるため、食道と胃を進化させ複胃とし、腸を数十mと長くして、化学・物理両面から植物片を、時間を掛けて消化します。こうして反芻獣は、地上にあふれる緑を食料にするのに成功しました。ウサギは盲腸が発達し、そこでも発酵消化をしています。

 反芻胃または複胃と呼ばれる通常4つに分化した胃の反芻作業で、消化しにくい植物繊維成分の消化吸収が可能になりました。この4つに分割された胃の空間のうち、前3つは「前胃」、残り1つは「後胃」と呼ばれます。口から入った植物塊を発酵タンクである前胃が育てる内部の微生物に食べさせ、これを培養し、他の動物と同様な機能を持つ後胃で、この微生物を殺し分解します。つまり、実質的に栄養源となっているのは植物質だけではなく、原生動物や細菌類などです。
 第1胃は、発酵タンクを兼ねる胃で、その容積が一番大きいため、植物片を大量に溜め込むことができます。次に第1胃内に住む微生物と混じり合いながら第2胃に進みます。第2胃から微生物に発酵された植物が、食道を逆流し口に戻され再度噛み砕かれます。口に戻った植物は再び食道を降りて第1胃に入ります。反芻を繰り返すことで食物はさらに細かくなり、反芻胃が大きく進化すればするほど、反芻時間が長くなり繊維質でも分解が可能となります。
 反芻され第1胃に入ると細かくなった植物片は上部に浮かんで速やかに第2胃に移され、食道溝を通って第3胃に送られます。第3胃で水分が吸収され、第4胃で化学的分解と吸収が行われます。いわゆる本来の消化吸収がここで行われるのです。第1胃から第3胃は食道が変化したもので、人間の胃にあたるのが第4胃です。成獣では第1、第2胃が大きく、重量で胃全体の約80%を占めています。反芻胃の発達により、採餌の時間が限定されず、捕食者から逃れやすくなりました。
 反芻胃の第1,2胃がシカでも未発達なミュールジカの消化率は57%で、進化しよく発達したワピチは62%と高いのです。シカでも小型種であれば、果物や葉でも良質な木本の葉を選択的に採食しますから、もともと消化がよいため、胃内での分解や発酵が容易で、第1、第2胃は小さいまま、収縮のための筋肉も発達しません。
 大型種は大量に採食ができるイネ科植物を主食とするため、腸が肛門まで極めて長く発達し、その間に時間をかけて発酵させながら、効果的に栄養分を吸収します。
4)シカと植物の共進化(防衛適応と耐食戦略)
 シカ類は草食獣ですが、森林に生息する種が多く、ニホンジカも基本的には森林性です。森林性の草食獣は一般的には生息密度が低く、通常、植物の植生に影響を与える事はありません。現に東アジアに広く分布していたニホンジカの他の亜種は、いずれも絶滅状態にあります。
 シカの採草に植物は、なすがままに無抵抗であったわけではありません。植物も種の保存のため進化的対応をしていました。これを「防衛適応」といいます。 昆虫の多くは植物を生食しますが、葉が食べられると、ある種の植物は揮発性物質を放出します。すると、ある種のハチが寄って来て、その草食昆虫に卵を産み付けるのです。テントウムシなどの昆虫に寄生するコマユバチ(小繭蜂)が有名です。
 アラスカや北欧では、冷涼な大地にも多く茂るカバノキやヤナギが、シカやウサギには大切な食物となっていますが、これ等の木は一度採食されると、草食獣が嫌う二次化合物を急遽、増産させます。更に周辺の同種に、危険信号的物質を放出し、二次化合物の合成を促すという研究発表があります。これが「防衛適応」の主要な役割を果たす「化学的防衛」です。
 植物はシカなどの草食獣が嫌う「臭気」・「苦み」・「毒」・「消化器障害」など敵対的物質を産出します。特に高緯度・高標高であれば、年度内の飼育期間が極めて短く、一度、食害に遭えば地域的絶滅に直結する深酷な被害となります。
 実験例としては、アラスカのカッショクレミングはスゲを、エリレミングはヤナギを、ハタネズミはスゲとヤナギの両方を食べますが、いずれの種もツツジ科の常緑低木を嫌います。それは生理的な反応によります。実証的研究例では、カッショクレミングにヤナギの抽出物を、エリレミングにはスゲの抽出物を、ハタネズミにはツツジ科の灌木の抽出物を与えましたが、いずれも成長が悪かったようです。これにより、それらの成分は生理的に嫌われ、その植物の抽出物をいきなり与えられても、生理的に反応できないようです。
 世界的にみても有毒植物は温帯よりも熱帯に多く、常緑広葉樹林は落葉広葉樹林よりも有毒植物が多いのです。また有毒でなくとも、シカは特殊な二次物質を含む植物を避けます。常緑広葉樹林に多いクスノキ科・ハイノキ科・ミカン科などの木本種(もくほんしゅ)には、タンニンリグニンを多く含む種が多いのです。それらの化合物は食害への抵抗性を有する成分であり、草食獣の消化を阻害いたします。
 草本でも体内に特殊な成分物質を含んで、不味さやいやな臭気を出し、虫類や草食獣に食べられないようにします。これを植物の「化学防衛」といいます。ハーブなどが、その典型です。カリガネソウ・ハンゴンソウ・ワラビ・クリンソウ・レモンエゴマなどは、シカはまず食べません。カリガネソウはAPG分類ではシソ科に属します。シソ科特有の美しい花を咲かせますが、有機物が変質したような不快な臭いがあります。ハンゴンソウはタンニンが含まれていてシカなどの反芻獣は、消化不良となるから食べません。発酵胃内の微生物の活性が失われるからです。
 ハシリドコロ・ヤマトリカブト・ニリンソウなどもシカが好まない草本です。ハシリドコロは、葉や根にヒヨスチアミンというアルカロイドを含む猛毒植物です。ヤマトリカブトは植物全体、特にその芽、葉にもアコニチンなどのアルカロイドを含有しています。ニリンソウとトリカブトは同じキンポウゲ科の多年草で、全国に自生しています。ニリンソウの群生地にトリカブトが点在している場合があり、葉の形がよく似ているため、陰に隠れたトリカブトを誤って採取してしまう可能性があります。シカもその恐れを感じているからでしょうか。キンポウゲ科の植物は、有蹄類は食べないようです。
 イネ科のヤマカモジグサは、北海道から九州へ広く分布し、特に明るい落葉樹の林床や草原を好みます。生育環境の幅が広く、山地やその里山の林縁、疎林下の岩上や乾いた斜面にも生える高さ40~80cmの多年草です。ヤマカモジグサがススキやシバと共に草原に繁殖していれば、シカに通常通り食べられます。それがメギの下に生えていれば、その刺の傘に守られて食べられません。同じくイネ科のオオウシノケグサも同様な状態でした。
 宮城県石巻市の太平洋上に浮かぶ金華山では、シバ群生の中にメギの低木やワラビの群落が混在しています。メギの傘やワラビの群落の中にあるヤマカモジグサやオオウシノケグサは、シバ群落にある仲間より明らかに草丈が高いようです。ある植物が一緒に生活する別の種の存在によって採食を免れる事を「植物防衛ギルド」といいます。
 ワラビはウシやウマ・ヒツジなどの家畜が、ワラビを摂取すると急性ワラビ中毒症として出血などの骨髄障害を起こします。また人間でもアク抜きをせずに食べると中毒を起こします。ワラビには発癌物質があります。イギリスでは「ヒツジは牧草を好むがワラビを嫌う」といわれています。既に1,940年代に牛の慢性血尿症がワラビの多い牧場で発生することが報告されています。またイギリスの牧場ではキンポウゲの生えているあたりの牧草は、ヒツジは食べないことが報告されています。
 妙高市笹ケ峰高原の笹ヶ峰牧場では、6月に黄色い絨毯のように咲くキンポウゲは、毒をもっているため、牧場のウシたちはそれを食べません。そのため牧場の中はキンポウゲだけが残り、黄色のじゅうたんのようになります。
 クリンソウは沢沿いの湿地に群生し、かつて、麻酔薬や下剤に用いられましたが、毒性が強いため現在は使われません。特に根茎は猛毒を持っています。レモンエゴマもシソ科で花は美しいのですが、反芻獣はカリガネソウと同様で食べません。
 南日本の常緑低木は、暗い林内でゆっくり生長するため、草食獣や昆虫の食害に遭い易いためタイミンタチバタ・ハイノキ類・ヤブニッケイなどは特異な臭いを出して寄せ付けないようにしています。

 タラノキ・サルトリイバラ・サンショウ・メギ・ニガイチゴなどはトゲでシカの食害を阻みます。これらの植物は形態や構造を変化させ、草食獣の採食を抑制します。これを「物理防衛」といいます。 北アメリカのタラノキは、地上から伸びた最初の1年目の茎には、刺が鋭く沢山つき、2年目以降になると茎の刺は、急に少なくなるといわれています。しかも採食されると、再び鋭くなり増えるそうです。
 イラクサは刺にギ酸が貯えられており、刺さると痛みを引き起こします。シカが多く生息する場所とそうでない所との違いは、刺の数です。鹿の多い場所では、鹿に対する防衛として、植物が進化してきたことを示しています。実験的に刈り取りをしても刺が増えるそうです。
 アロエも葉に刺があり、しかも食べると非常に苦いです。「物理防衛」と「化学防衛」の両方を備えています。
 イネ科のススキは、陽性植物の典型で、シカが採草する草原こそ好みです。飼料や肥料とするために草を刈るか、森林化防止のために山焼きをする採草場こと、生育に適しています。特に小型のイネ科の植物は、再生力が旺盛ですから、採食されても大方の植物ほどのダメージを受けません。むしろ自分より背丈が高い植物が繁殖すれば、やがて消える運命にあります。シカの採草は、生存競争下にある他の草木類を駆逐してくれるのです。
 金華山島では、ススキの群落内に通常程度の密度でシカが進入するのであれば、キイチゴ類は敢えて食べられません。シカの密度が高まればキイチゴ類も採食されますが、それでもメギとキンカンアザミは食されません。
 ミヤコザサは、寡雪地に多く、枝の殆どは途中から分岐しないで、地下茎より立ち上がります。地上部の寿命は1~1.5年で、地際に冬芽を付け、ひと冬越すと殆どが枯れます。シカに食べられると、新しい筍が育ち、次々と新しい棹や芽を出し、葉を小さくし適応します。ミヤコザサの「耐食戦略」です。
 大台ヶ原では二種類のササが見られます。背の高い方がスズタケで、背の低いのがミヤコザサです。どちらもシカに採食され、最近ではスズタケが後退し、ミヤコザサの草原が広がりつつあります。スズタケは、細く立ち上がった枝先に数枚の葉を付けます。ニホンジカに捕食されると1年待たなければ生えてきません。ミヤコザサの方は食べられてもすぐに次の芽が出てきます。
 ミヤコザサはタンパク質の含有量が高いため、シカは殆どの植物が枯れる初冬季から春までは、常緑性であるため好んで食べます。晩冬季のミヤコザサは、既に「死に体」になっており、食べられても植生にさほど影響を受けません。
 チシマザサは枝が上部で分岐し、積雪1m以上の豪雪地に多く、チマキザサクマイザサは枝が中間付近から分岐し、積雪1m程度の地域に多いのです。チシマザサ・チマキザサ・クマイザサは、棹に2,3世代の葉がついています。そのため、その棹を食べられると2,3年にわたり光合成ができなくなります。
 高緯度や標高の高い地域の植物は、生育期間が短いため、草食獣による採食は、深刻な打撃となります。寒冷地のカンバ類やヤナギ類は「化学的防衛」の手段として二次化合物を生成しています。特に風媒花であるカンバの木などのカバノキ類は、樹木の交配期を合わせため、「香り」成分を放出し、集団内の開花時期を同期化させています。一方、特に昆虫類は、植物が防御のために生合成(せいごうせい)した毒に耐性をもつようになり、逆に植物の毒を吸収しフェロモンに転換し、自分の捕食動物に対する毒として利用する「耐食戦略」を編み出します。「マルバダケブキ(丸葉岳蕗)」は、葉が丸く、またフキに似ており、自生地が高い山と言うことで名がついたそうです。この「マルバダケブキ」にも毒があります。アサギマダラという蝶は、実はその毒を体内に入れて、身を守るといわれています。
 またカンバ類やヤナギ類は、草食獣の多いアラスカと草食獣が少ないフィンランドと対比すると、アラスカの方が二次化合物の含有量が多く、しかもアラスカのウサギは、その解毒能力を高めるという「共進化」が認められています。
 アザミは、世界に250種以上があり、北半球に広く分布しています。地域的な変異が非常に多く、主に「物理防衛」を主因にしますが、日本では100種以上に分類されています。現在も新種が見つかることが多く、さらに種間の雑種もあるので、分類が次第に困難になっています。
 アザミ種の大部分が食べられます。若ければタラの芽同様、刺は揚げたり、ゆでたりすれば気になりません。てんぷら、ごまあえ、クルミあえ、からしあえ、油炒め、きんぴらなどに調理されます。アザミの耐性として、シカの生息地では、アザミの刺は葉の縁辺だけでなく上下にも突き出ています。その刺は長くなり、しかも鋭く硬くなり進化します。アフリカのアカシアは、キリンの首が届く範囲は刺が多いと観察されています。
5)日本各地のシカの食害
 シカの増加は、農林業ばかりでなく観光業にも多大な被害をもたらしました。特に北海道は農林業が盛んで面積も広く、エゾシカの食害による被害は甚大です。エゾシカは、明治初期の明治6(1873)年から1878年までの間に57万頭以上が捕獲されました。この大量捕獲は明治政府が北海道開拓の資金を稼ぐ目的で進めたもので、当時はエゾシカの肉・皮・角がさまざまな国々に輸出されました。しかも農地開拓や木材生産のため森林が伐採され生息地の多くを喪失しました。さらに、明治12(1879)年の記録的な豪雪がエゾシカを襲い、日高の鵡川(むかわ)地区では75,000頭のエゾシカが死亡しました。そのためエゾシカは、絶滅寸前にまで激減し、政府は方針をシカ保護に転換し、昭和中期まで続く長い禁猟時代が始まりました。
 この間、2度の世界大戦を挟みながら、政府は一貫して「北海道開拓」を進め、原生林は次々に農地・造林地に代わっていきました。それがシカにとっては新たな餌場の出現となりました。天敵だったエゾオオカミは、害獣として徹底駆除され、既に明治期に絶滅しました。繁殖力に優れたエゾシカは、4年で群れの構成員を倍増させるといわれます。保護政策もあり、その食害被害は昭和63 (1988)年位から深刻になります。牧草地での採食も重なり、更に栄養状態がよくなり、増加に拍車を掛けます。平成8 (1996)年には農林業被害金額が50億円に達するほどになります。2012年現在の推定生息頭数は50万頭以上とされ、農林業被害に加えて自動車・列車との衝突事故が多発しています。世界自然遺産・知床半島では、その手前の森から既に樹皮がはがされ立ち枯れが目立ち、知床五湖周辺でも多くの木々の樹皮が食害に遭っています。道路沿いの樹木にはネットを巻く対策がとられています。
 知床半島周辺の絶滅危惧種の希少植物が食べ尽くされ壊滅状態となり、まるで芝生のようになっています。高さ約3mの金網フェンスに囲まれた区画がありますが、雄鹿はそれを悠々飛び越えてしまいます。冬になると積雪で、またぐ位になり全く効果がありません。
 その周りには草を食べ続けるエゾシカの群れがいます。高山植物で彩られた山肌が、鹿の食害と踏みつけにより裸地になり地山が露出してきています。そこに大雨などが降ると、簡単に土砂が流出します。道東の阿寒地方では、冬期の樹皮剥ぎが激しいのです。積雪の多い地方で食料を食い尽すと、樹皮を剥いで食べ大量の樹木を枯らします。
 東北地方ではシカの分布は限られているので、全体として被害問題はさほど大きくありません。ただ岩手県では昭和45 (1,970)年代から被害が問題視され、1980年には深刻になってきました。当初、岩手県は「北限のホンシュウジカ」として基本的に保護していました。被害が深刻となり個体数管理を基本に対策を変えてきています。東北地方では、岩手県以外は、むしろカモシカの被害が大きいのです。
 五葉山は、東北地方の太平洋側にある北上山地南部にあり、釜石市・大船渡市・住田町の2市1町にまたがる準平原地形のなだらかな山です。標高は1,351mで、三陸沿岸の最高峰です。ホンシュウジカの北限の生息地として知られています。藩政時代は伊達藩直轄の山で、ヒノキ、ツガなどの林産資源が重要視されて「御用山」と呼ばれていました。戦中・戦後を通じ日本中の森林が伐採されてきました。五葉山も、昭和45 (1,970)年代には1,992aという広い面積で森林が伐採されました。それにより下生えの草本が増加し、五葉山ではシカの主食であるミヤコザサが4~5割に増加しました。その一方昭和25(1,950)年代から1,960年代にかけて植林のための造林がなされ、さらにシカの餌場が広がりました。シカの食料事情が好転すると栄養状態がよくなり、メスジカの妊娠率が最大限まで高められました。また暖冬化も生息域を広げるばかりか、積雪を緩和させました。異常繁殖しても、ニホンオオカミは、明治38 (1,905)年、奈良県で狩猟された若いオスが最後の確認例となり、明治時代に絶滅しています。
 ダケカンバ・コナラ・ミズナラなど他、低木が少ない森林の林床にミヤコザサが優占する現在の五葉山の景観は、シカの活発な採草活動によるものと理解されます。このまま暖冬が続けばシカは増加し、やがて高標高にまで採草圧が及び、標高1,000m前後で生育する五葉山固有のゴヨウザンヨウラク(ヨウラクツツジ;瓔珞躑躅の仲間)のまで食害に遭う可能性が高まってきています。現在遠野盆地にまで侵入し、個体数を増やしています。このまま放置すれば、高山植物の宝庫である早池峰山(はやちねさん;1,917m)にまで拡大分布するでしょう。ハヤチネウスユキソウ(早池峰薄雪草)をはじめとする貴重な高山植物に危機が迫っています。
 尾瀬は、福島県(南会津郡檜枝岐村)・新潟県(魚沼市湯之谷地区)・群馬県(利根郡片品村)の3県にまたがる高地にある盆地状の湿原です。尾瀬は3~4mにも積る豪雪地です。1990年代にはシカの生息が確認され、最近ではダケカンバやムシカリが相当数食害され、春から夏にかけてはヌマガサやスゲ類に食痕が数多く目視されています。
 尾瀬には日本最大の山地湿原である尾瀬ヶ原およびその他の小型の湿原があり、周辺の亜高山、高山帯の草木類を含め貴重な自然が残されています。尾瀬では3月の平均積雪深が約2.5mにもなり、シカは生息しないと考えられていました。平成7(1995)年から1997年に行われた尾瀬湿原の調査でシカの生活痕が発見されました。これまで、尾瀬に限らずシカによる湿原植物群落への影響についてはほとんど調べられておらず、わずかにイギリスやスコットランドのヒ-ス湿原のアカシカによる影響や青森県八甲田山域の放牧家畜による湿原植物の採食についての研究などがあるにすぎません。しかも、その研究は採食による影響が調査の範囲でした。
 尾瀬の湿原ではシカによる穴掘り跡が報告されています。これを「掘り起こし」と呼んでいます。います。それは、シカが脚で掘り起こすものらしく、湿原の地表が田圃を耕起したようになります。直径1m~4mほどと規模が大きいのです。葉茎の食害であれば、通常、根や枝・幹が残留し、多くの植物に、未だ再生の可能性が残ります。これに対して、尾瀬の「掘り起こし」は、根も含め植物体全体が攪乱されています。
 現地調査で分かったのが、現場にはミツガシワの地下茎が残っている事が多かったことでした。ミツガシワは日本を含め北半球の主として寒冷地に分布し、水位変動の少ない湿地や浅い水中に太い地下茎を伸ばし、所々から根出葉を出して水面から上に展葉します。また地下茎により泥炭層も形成します。ミツガシワの地下茎の窒素含有量は、通常、植物の葉では2~3%ですが、6.6%と非常に高いのです。それだけタンパク質を含み高栄養なのです。またミツガシワの地下茎の匂いを嗅いだネコは、マタタビの時と同じ反応をするという観察報告があります。青森県の八甲田山では、牛馬の放牧が行われていますが、そこの家畜も好んでミツガシワを食べるといわれています。
 ミツガシワの掘り起こしは対象となった植物だけでなく、周辺に生育する他の植物へも影響が及ぶ可能性が極めて高いのです。ミツガシワは湿原の池や水路に生えるため、そこでの掘り起しは、湿原全体の水流を変え、湿原内全体の植生に影響を与えます。
 尾瀬は日光を分布中心とするシカ個体群(日光・利根地域個体群)の分布の北の周辺部に属し、この個体群のシカが最近侵入した可能性が高いのです。分布の中心部のシカについては季節移動・食性など、生態が調査されていますが、分布の前線の尾瀬のシカについては情報がありません。
 尾瀬全体の植生は森林が卓越しており、森林内にはチマキザサ、チシマザサが大量に生育しています。日光・利根地域個体群の分布の中心部である表日光地方のシカはミヤコザサを主食としていることが知られています。もし、尾瀬のシカが表日光のシカと同じようにササを主食とすれば、尾瀬に自生するチマキザサ・チシマザサは、ミヤコザサと違いシカの食害に対して耐性は極めて低いのです。
 近年の全国各地のシカの個体数変化からも明らかのように、尾瀬のシカは今後さらに増加する可能性が高いのです。
 栃木県でシカによる被害が問題化したのは、昭和60(1,985)年代に入る頃です。増えすぎたシカによるウラジロモミやミズナラの冬期の樹皮剥ぎ激しく日光の自然植生が大きく変わり、奥日光の千手ヶ原のササが殆ど枯死し、日光白根山の高山植物であるシラネアオイや奥日光の小田代ヶ原(おだしろがはら)のアザミが激減しました。シカの絶え間ない採食により植物の群落の構造や組成を変え、もともと少なかった、シナンコトキシンなどを含み有毒のイケマや、毒性があるといわれるキク科のマルバダケブキとキオンなどが増えています。白根山ではシラネアオイの群落が消滅しています。
 こうした事態を受け、栃木県は平成6(1,994)年に、シラネアオイを電気柵でシカから守るといった防除対策と並行して、シカの計画的な駆除、即ち個体数調整を開始しました。栃木県と環境省は、1,998年小田代ヶ原に、2,001年には戦場ヶ原周辺に防鹿柵を設置しました。
 東京の奥多摩ではワサビに大きな被害が出て、しかも急斜面に植えられた作物が壊滅的な打撃を被っています。
 房総半島南部の市原市・勝浦市・大多喜町・鴨川市・天津小湊町・鋸南町・富津市・君津市・御宿町の440km2に、ニホンジカが局地的に隔離された集団として分布しています。戦後は一時的に、分布域を狭めましたが、現在は、分布域を回復させています。1,995年の農業被害は4,500万円で、さらにシカの増加はヒルを繁殖させています。
 近畿地方環境事務所の『大台ヶ原ニホンジカ保護管理計画』によれば
 「近年の平成16 (2004)年度が約5,500頭、平成17(2005) 年度が約5,700頭と、10 年前の約2 倍近くに増加していた。三重県では平成17 年度(2005 年度)の農業被害は被害金額で約8,000 万円であった。昭和30 年代の伊勢湾台風等の大型台風による大量の風倒木発生とその搬出を契機に、林冠開放による林床の乾燥、コケ類の衰退、ミヤコザサの分布域の拡大が始まった。また、大台ヶ原ドライブウェイの開通に伴う公園利用者数の増加やミヤコザサ現存量の増加に伴うニホンジカ個体数の増加などによりミヤコザサ以外の林床植生の衰退を加速化した。これらの結果、倒木更新など亜高山性針葉樹林の森林の天然更新に必要な条件が悪化し、森林の衰退が始まった。
 さらに、同時期に周辺部においても伐採面積の拡大によってニホンジカの餌となる植生の増加などその好適生息環境が生まれ、周辺部を含めニホンジカ個体数が増加した。周辺地域に生息するニホンジカの一部はミヤコザサが拡がりつつある大台ヶ原に移動し、さらに大台ヶ原のニホンジカ個体数が増加したため、樹木の後継樹や樹皮にまでニホンジカによる採食が目立つようになった。これらの比較的把握しやすい要因に加えて、十分に解明されていない要因も含む複合的な要因が森林植生の衰退をもたらしていると考えられる。大台ヶ原では林床植生の減少、実生や小径木の消失、ミヤコザサ等の草地の拡大、樹木への剥皮に伴う林冠構成種の枯死等により、天然更新が阻害され森林が衰退するとともに生物多様性が減少している。このような影響が少なかった昭和30 年代前半(1950年代後半)の森林を再生させるには、現存するブナやトウヒ・ウラジロモミなどの樹齢からみて約100 年はかかると考えられる。」と記されています。
 近畿地方では兵庫県や京都府でも、近年とみにシカの食害による農林業の被害を拡大させています。
 平成24年3月の島根県の『特定鳥獣(ニホンジカ)保護管理計画』には
「本県のニホンジカ(Cervus nippon、以下「シカ」という。)は、かつては隠岐を除く県内全域に生息していたが狩猟等により減少し、戦後は島根半島西部に位置する出雲北山山地でのみ集団的に生息が確認されるに至った。しかし、出雲北山山地個体群の生息頭数も減少したことから、この個体群を維持していくことは生物多様性の維持、生態系の保全、自然財産の継承の観点から重要であると判断し、昭和47年度にオスジカ捕獲禁止区域に指定して以来、現在まで更新を重ね保護施策を講じてきたところである。
 また、出雲北山山地個体群は平成16年度に発行された「しまねレッドデータブック」には準絶滅危惧として掲載され、保護の必要性が改めて謳われたところである。一方、出雲北山山地においては昭和58年度以降、農林作物や造林木への被害が顕著になり、農林家の生産意欲の減退にもつながる深刻な問題となったことから、平成6年8月に「弥山山地シカ対策検討委員会」を設置して、今後の保護管理のあり方について検討し、同年12月に「弥山山地シカ保護管理対策報告書」がまとめられた。これに基づき、平成7年度からはシカの保護管理と被害対策事業の予算を大幅に増やし被害予防に努めてきた。さらに、平成10年度にはヘリセンサス(ヘリコプターによる上空からのセンサス)による生息頭数調査を実施したほか、平成12年度からは区画法による生息頭数調査や本山地を「生息の森」と「共存の森」に区分し、森林生息環境整備を重点的に行う新たな対策も実施しているところである。
 しかし、シカの人里への出没が頻繁になり、食害等による農林作物被害も広範になってきたことや、出雲北山山地の東側の湖北山地での目撃情報も多く寄せられ、かつ被害が認められ有害鳥獣捕獲も実施していること、また県下各地でシカの目撃情報が寄せられるなかで、平成15年3月に特定鳥獣(ニホンジカ)保護管理計画(第1期)を策定、その後平成19年3月には第2期計画を策定し、諸対策を講じてきたところである。
 特定鳥獣保護管理計画を施行して以降、出雲北山地域では特に捕獲対策を強化し、それ以前の捕獲数を大幅に上回る捕獲を実施している。しかし、依然大きな被害が発生していることや、出雲北山地域以外でも被害の発生や目撃情報があることから、本県のシカの長期にわたる維持と農林作物被害の軽減を図ることにより、人とシカとの共存を実現するため、第3期となる特定鳥獣(ニホンジカ)保護管理計画を策定するものである。」と記されています。
 四国では徳島県南部と香川・高知県境などにまとまった分布域があります。平成17(2,005)年12月18日、「三嶺を守る会」や「四国森の課回廊をつくる会」など自然保護団体が高知市内でシンポジウムを開催し、シカの適切な個体数管理の必要性を訴えました。三嶺(みうね/さんれい)とは高知県と徳島県にまたがる山です。標高1,893mで高知県下では最高峰ですが、山頂部は徳島県とで2分しています。高知県側では物部川の源流域の山で「さんれい」と呼びます。
 「これまでシカの食害は林業被害を中心に問題になっていました(ヒノキやスギの苗や成木の皮をはいで食べる)が、これに加え最近目立つのが三嶺(物部村)、白髪山(本山町)、三本杭(四万十市)など貴重な森林が残る山域の被害。『樹皮を剥がれての立ち枯れ、絶滅危惧種の草木類が危機に瀕し、森林再生が不能になる寸前まで深刻化している』(山崎三郎・元森林総合研究所四国支所研究官)。」
 「本山町でシカと共存する林業に40年間取り組んできた山下幸利さんは『白髪山周辺に40年前には15頭しかいなかったが今は1,500頭まで増えている』と言います。登山者からも「至るところでシカを見る」という声が聞かれ、県内全域で猛烈にシカが増えているのは確実ですが、調査が充分に行われておらず実態が正確に分からないのが現状です。」
 「ニホンジカ急増の最大の要因はこの10年ほど、山の降雪が極端に減った(今冬は例外的に雪が多い)こと、狩猟人口の減少、天敵の消滅などがあげられます。化学肥料を使用した『おいしい』苗木、部分間伐で切り倒した木を放置することによりエサ場を与えていることも指摘されています。『ニホンジカは単独で動くカモシカと違い5~6頭の群れで行動し、エサを同じ場所で何時間でも食べ尽くす習性があり被害が大きくなる』(中西安男・高知県特定鳥獣保護検討委員)。」などの意見が発表されました。

 九州ではシカによる農林被害は北日本より遅れて発生しました。九州森林管理局は、昭和53 (1978)年から平成15(2003)年の25年でシカの生息域は全国的には1.7倍以上、九州では生息域は1.5倍以上に拡大した、と公表しました。長崎県対馬でも被害は甚大で、シカの保護区300haに閉じ込め、それ以外は一般鳥獣同様の扱いとしました。それでも食害は減少するどころか、特に特産品の椎茸と森林の被害が重なり、平成8(1,996)年では21億の損害と報告されています。翌年のシカの捕獲数は、福岡県約300頭、大分県約3,000頭、宮崎県5,000頭でした。
6)シカの食害対策と銃弾との関係
 シカの駆除にとって一番効果的なのが猟銃です。しかし行政は、その問題の重要性を認識しながら、死体の処分に関しては、拘わらないようにしています。シカの尾を届けるだけで、駆除費として猟友会のメンバーに補助金を渡しています。シカの死体の多くは山野に放置されています。特に売れない内蔵部は、捕殺後速やかに投棄されます。カラスが餌として繁殖します。これら放置物は、キツネやオジロワシオオワシなどが食べ、鉛害で死ぬケースが増えています。銃弾は基本的に鉛合金の弾芯に銅合金の被甲をかぶせた構造です。その鉛害に、かつてベトナム戦争で負傷した多くの兵士が、体内に蓄積された鉛による慢性中毒に、未だに苦しんでいる現実があります。
 散弾の材質としては、比重が重く球形散弾への加工が容易な鉛が一般的でした。ただ鉛には、強い金属毒があり重篤な鉛中毒を引き起こす物質を含んでいます。狩猟時に使用された散弾から雨水などに溶出した鉛が、砂や小石に混じっているものを、野鳥がついばめば、微粒子化して消化器系器官から吸収されることで鉛中毒に侵されます。また、鉛中毒で弱った個体や死体が放置され、他の鳥獣に食べられることによって生物濃縮され、生態系上位者に向けて連鎖的に鉛中毒が拡大します。そのため、鉛の散弾から軟鉄製の散弾へ切り替える無鉛化が主張されています。
 デンマークでは、1985年に、ラムサール条約の登録湿地での鉛散弾の使用が禁じられました。生態系上位者にある種が、連鎖的に鉛中毒が拡大したアメリカ合衆国では、ハクトウワシは、中毒死した水鳥や弱った水鳥を経由して鉛を摂取し、1960年以降だけでも少なくとも144羽が鉛中毒で死亡したとされています。そのため、鉛の散弾から軟鉄製の散弾へ切り替える無鉛化が行われるようになりました。鉄の散弾は「スチールショット」と呼ばれます。アメリカ合衆国では、1991年~1992年猟期から、水鳥や池沼に生息するオオバンの狩猟について、全面的に鉛散弾の使用が禁止されています。
 カナダでも、鉛被害が酷い場所を指定し、平成2(1990)年から鉛散弾の使用が禁止しています。日本国内でも一部地域では、鉛散弾以外の材質を用いたものに制限されています。
 北海道では鉛弾の利用は全面的に禁止されており、宮城県などの地域でも使用禁止が広がってきています。北海道では、平成10(1998)年度に回収されたワシの死体のうち約80%が鉛中毒でした。平成17(2005)年度にはその比率が10%未満に減少しています。それがゼロにならないのは、違法な狩猟者の存在や、半矢で体内に鉛弾を残している個体がいるからとみられます。また、既に湖沼に放出された鉛散弾が深く沈下するまでには数十年かかるため、水鳥鉛中毒の発生は今後も継続し、徐々にしか減少しないといわれています。
 北欧では既にクレー射撃公式競技でも軟鉄装弾が使用されています。米国では薬剤散布による鉛毒の中和や特殊ネットによる鉛散弾の全回収を併用するなど、各国の施策にそれぞればらつきがあります。
 軟鉄散弾は、鉛散弾と比べて「素材の比重が軽いため威力が落ちる」「硬いため銃身に与える衝撃が大きい」「高価」といった欠点があります。威力低下については使用散弾をやや大きくし、かつサイズが大きな実包を用いて弾数が減少しないようにするなどの対策があります。銃身については、軟鉄散弾対応銃身を使用することで回避できます。しかしながら、旧来の鉛散弾用散弾銃では、軟鉄散弾に切り替えた場合、鉛散弾を用いた場合と同様の威力を発揮できません。そのため、最近ではこうした鉛散弾時代のものにも、鉛散弾と同じ感覚で使用できる非鉛性のタングステンやビスマスが用いられています。
 軟鉄散弾が広まることで、鉛散弾とは違った新たな問題が生じています。軟鉄散弾は通常、保存時の腐食を防ぐためにメッキが施されている物が多いのですが、猟場に放出され長期間放置されると錆が発生し、流れのない溜め池などでは、大量の軟鉄散弾による錆が浮くなどの問題が起きつつあります。
 猟銃の薬莢は真鍮が主ですが 、ロシアで開発されたAK系の弾薬には鉄を使ったものがあります。また空砲や練習弾にはプラスチックやアルミ製の薬莢が使われているものもあります。弾頭には、主に鉛が使われ、それにいろいろなコートがされています。銃身の内径は弾頭より小さく無理やり抜けていくような仕組みになっていますので、鉛のように変形しやすい素材の方が都合がいいようです。
7)シカの食害対策
 シカが増えた要因は、種々あります。
 暖冬で積雪が減少し、冬の到来が遅れ、春の訪れが早まり、それにより餓死する個体が減り、しかもかつて積雪に阻まれていた地域にも生息域が広がった事があげられます。ニッポンジカの環境適応力の凄さです。
 環境省は「南アルプスでは1990 年代末頃より高山・亜高山帯の高茎草本群落(いわゆるお花畑)においてシカの採食圧の影響が報告されるようになり、その後の約10 年間で急速に拡大し深刻化している。南アルプスの高標高域は積雪量が多く、シカの生息には適していなかったが、近年の地球温暖化等による寡雪減少により、生息可能エリアに含まれるようになったと考えられる。また、南アルプス周辺の低山帯では、近年、山梨県、長野県、静岡県の3県ともにシカの密度が上昇しており、このことも南アルプス高標高域へのシカ進出の一因になっていると推察される。」と報告しています。

 農村部の寒村化と高齢化で、シカに対する狩猟圧が全くというほどなくなり、しかも全国の耕地面積の7%が放置されながら、地域どころか全国レベルでも、農家を支えるはずのJAが、具体策を全く発表しない現実があります。
 シカの天敵、オオカミを明治期に絶滅させたことです。弥生時代以降、水田稲作が日本の大部分の地域で生業の主体となり、縄文時代を支えてきた食料源のシカとイノシシが、一転して田畑を荒らす害獣となりました。古代日本では、シカとイノシシの天敵・オオカミの有用性を理解し崇めていました。農村部では当然理解されていた筈が、明治期に突然、銃殺し、更には広域的に毒殺をしたのです。オオカミの絶滅は、現代のシカの増加に決定的な影響を与えています。
 狩猟免許の所持者が2,010年には、約19万人となり、この40年間で3分に1にまで減少しています。平成25年度、環境省は全国8か所で、若手ハンターの育成のため市民向けイベントを開いています。日本列島の将来を見据えた専門的な狩猟集団を育てなければならない時代に、既に入っています。猟友会にとらわれず、識見・技術共に兼ね備えた準公務員的な熟練ハンターを新たに養成し、彼らがチームを組んでハンティングを行い、真に地域の環境に配慮した頭数管理の担い手として尊重される存在になるのです。シカの行動圏は市や県レベルを超え、しかも国有林を含んでいれば、国・県・市町村の素早い協力が不可欠であり、またハンターとして見識ある人格養成や技術指導のために、優秀な警察や自衛隊の専門職員の指導を仰ぐなど、諸々の法整備が必要になっています。
 オストラリアやニージーランドなどでは、生物の多様性の維持と保全、その均衡を破る生物の高い捕獲技術と知識を兼ねたカラー(culler;害獣を選り分け殺す人)集団を組織化しています。アメリカ合衆国のカリフォルニア州では、外来種のシカ駆除に非営利団体「ホワイトバッファロー」などの捕獲専門会社に委託し、シカをおびき出し狙撃しいます。捕獲者一人で、ほぼ年間約700頭を駆除しています。
 「ホワイトバッファロー」は、野生動物による危害から固有種や生態系を保護するために個体数管理と研究を専門に行う非営利団体です。その共同創設者の一人、M.Schaller(シャラー)は、バイエルン州フォレストサービスのスタッフとして、森林資源管理などの林業全般、野生動物管理と狩猟管理について20年以上の実務経験があります。学位論文名は「野生動物による森林被害の経済アセスメント」でした。1996年からはミュンヘン大学およびミュンヘン工科大学(TUM)で、森林資源管理と森林被害アセスメント分野の研究と講義を行っています。
 同じく「ホワイトバッファロー」の 共同創設者で会社代表でもあるJ.DeNicola(デ・ニコラ)は、パデュー大学で博士号を取得し、学位論文名は「過剰に増えたオジロシカにおける繁殖管理」でした。野生生物学会の野生生物学者として活躍しており、ラトガーズ大学、イリノイ大学、ハートフォードのトリニティカレッジにて研究協力を行っていると共に、デンバー動物協会におけるリサーチ会員でもあります。
 「ホワイトバッファロー」など海外に目を向けても、大量捕獲技術の導入と人材育成が必要となっています。行政と民間業者や狩猟者個人とが、有機的に連携した全国レベルの組織の設立が期待されています。最早、かつての一部狩猟者が、ここにいたっても権益に汲々とする見苦しさは看過できない国内状態になっています。北海道羅臼町ルサ相泊地区で実施されたシャープシューティングでは、捕獲したシカは現場に待機するエゾシカファームシカの食肉処理・販売会社」の職員が引き取りました。

 「ホワイトバッファロー」などによる、アメリカ合衆国で考案された個体調整手法「シャープシューティング」が、近年脚光を浴びています。国内でも、環境省が大いに注目しています。
 「シャープシューティング」とは、効率的に個体数を減らす狩猟方法で、スマートディアーを作らない方法です。スマートディアーとは、「賢いシカ」という意味です。狩猟はシカにとって最大の危機です。一度経験すれば、多くを学習し警戒心が強くなり、狩るのが難しくなってしまうやっかいなシカのことです。群れの中で一頭のシカが捕らわれると、その後シカの警戒心が高まり、シカの群れは拡散します。そのためには群れの全頭を一気に捕獲する方法が「シャープシューティング」です。
 具体的には
 1.事前に餌場を設けて、シカをおびき寄せる。
 2.ハンターはテント等に潜み、姿を見せない。
 3.射撃音に慣れさせるため、爆音機で大きな音に馴れさせる。
 4.一気に一群を全滅(クリーンキル)させて、スマートディアーを作らないようにする。
 5.全滅させるために、狩場に来たエゾシカが3~8頭の場合に狩猟する。
 6.自動車で餌場に近付き、車の荷台から1名の射手が次々とシカを撃つ。 (複数いると最初の射撃につられて発砲してしまい、当たらないケ-スか゛増える。ペースが乱れる)
 7.一撃必殺が基本で、命中精度の高い小口径ライフルや消音機などを使う。 現行法では小口径ライフルを使うことができないため、弾の火薬量を減らして反動を少なくし、連射しやすくしています。夜間発砲や小口径ライフルの使用が、法的に認めることができれば、シャープシューティングの有効性をさらに高めることができます。『鳥獣保護法』は、夜間の銃による狩猟を禁じています。欧米では、ヘリコプターからの射撃も行われています。一方では、シャープシューティングで捕獲されたエゾシカ肉の有効活用も課題となっています。
8)環境省による食害対策
 1. 環境省による自然公園地域における取り組み
 1-1 シャープシューティングの導入(環境省知床自然環境事務所)
 現地視察実施日:平成23年1月21日~1月22日
 視察先:北海道羅臼町ルサ相泊地区
 視察受け入れ機関:財団法人知床財団
 視察内容 :ルサ相泊地区におけるシャープシューティングによるエゾシカ捕獲

 (1)知床半島のエゾシカの現状及び対策手法の概要
 知床半島では、明治以降エゾシカは分布しなかったが、1970年以降再分布するようになり、その後急速に個体数が増加して現在は高密度を維持している。すでに世界自然遺産地域において自然植生に重大な影響を与えており、エゾシカの高密度状態が長期にわたって続いた場合、影響はさらに深刻なものになると懸念されている。
 知床半島のエゾシカの管理に関しては、環境省釧路自然環境事務所が設置したエゾシカ・陸上生態系ワーキンググループ(WG)により「知床半島エゾシカ保護管理計画」が平成18年に策定され、毎年実行計画を更新し、そのもとに管理事業(個体数調整や防護柵設置、越冬地の環境改変など)とモニタリング調査(シカの採食圧やシカの生息動向等のモニタリング)が行われている。狩猟や有害鳥獣駆除以外の個体数調整としては、「固定餌場式シャープシューティング」、「流し猟式シャープシューティング」、「囲いワナ」を実施している。

 (2)ルサ相泊地区におけるシャープシューティング
 ①シャープシューティングの概要
 「シャープシューティング」とは、シカの個体数を抑制する個体数調整の一環としてアメリカで考案された手法である。効果的に個体数を抑制するためには、群れで行動するシカの全頭を一度に捕獲するのが有効である。その理由は、捕り残した個体の中で、射手や誘引餌場に対する警戒心が高まり(このようなシカをスマートディアーと呼ぶ)、それ以後の捕獲が困難になることによる。
 群れの全頭を一度に捕まえるため、事前に餌場を作り、そこに近隣のシカを誘引する。発砲音に驚いて逃げないよう、また人と銃声を関連付けた学習をしないよう、給餌と並行して毎日爆音機を作動させ、大きな音に馴れさせる。シカの群れが餌場に馴れたら、自動車で接近し、荷台から1名の射手によりシカを次々に射撃する(他の地域では車からではなくブラインドテントの中から発砲する場合もある)。

 ②ルサでのシャープシューティングの概要
 ルサで実施されていた、シャープシューティングの詳細な手順や手法は以下のとおりである。
 ・餌付け用の餌は乾草を使っている(ビートパルプは当地域のシカには誘引効果は低い)。
 ・多数のシカが集まりすぎるのを防ぐために、給餌量は少なめにし、日没後は餌を回収する。
 ・射撃地点に爆音機を設置し、銃声に馴らすと同時に、人と銃声を関連付けて学習しないようにしている。
 ・餌場と射撃地点の距離は30m。昨年度はもっと遠い距離から実施していたが、現地を見たホワイトバッファロー(アメリカの捕獲専門会社)のデニコラ氏のアドバイスにより変更した。
 ・射手は地元のハンター(トド撃ちの名人)。
 ・確実に即死するようシカの頭部だけを狙う(心臓を撃ち抜いても即死せず数メートルは走る)。
 ・現行法では小口径ライフルを使うことができないため、弾の火薬量を減らして反動を少なくし、連射しやすくしている。
 ・ピックアップトラックの荷台に肘を乗せる台を取り付けていて、射手は荷台から射撃する(この肘のせ台はホワイトバッファローに倣った)。
 ・餌を撒くときには射撃時に使うピックアップトラックで餌場まで行き、作業員はオレンジベストを着る(ピックアップトラックとオレンジベストに対するシカの馴化を狙っている)。
 ・建物(ルサフィールドハウス)の中からシカの出現を監視する。
 ・シカが現われたら、射手、運転手、記録係がピックアップトラックでゆっくり射撃地点に向かう。
 ・射手とともに荷台に乗った記録係の指示により、射手はシカを撃つ。
 ・射手はひとりだけ(複数いると最初の射撃につられて発砲してしまい、当たらない。ペースが乱れる)
 ・2-3 秒後に次の個体を撃つ。
 ・6 頭以上の集団の場合には捕り残しが出るので、射撃を見合わせる。
 ・捕獲したシカは現場に待機するエゾシカファームシカの食肉処理・販売会社)の職員が引き取る。
 ③問題点
 現地の担当者に聞いた現在の方法の問題点、改善点は以下のとおりである。
 ・シカは日没間際や日没後に出現することが多く、今回のように1 頭も捕まらない日もある。夜間発砲が認められるようになれば、より効率的に捕獲することができる。
 ・群れの全頭を捕ることを目指しているため、6 頭以上の大きな集団が出没した場合には射撃できない。
 ・すでにスマートディアーを作り出してしまった。
 ・スマートディアーが逃げると、それにつられて他の個体も逃げる。
 ・ブラインドテントからの射撃も試したが、ルサフィールドハウスのあたりは風が強く、ブラインドテントを使えない(テントが風にはためく音でシカが警戒する。テント自体が吹き飛ばされる)。
 ・国道脇で人目につく(道から外れた敷地内のため発砲自体には問題はない)。
 ・反動の少ない小口径ライフルを使えない(前述したとおり火薬量を減らすことで対処している)。
 ・頭部を打ち抜いて即死させても四肢を動かすことがあり、それに驚いて他の個体が逃走することがある。

 (3)まとめ
 今回の視察中にシカの捕獲はなかったものの、その翌日にはオスジカ1頭、メスジカ2頭を捕獲したとのことであり、また視察前の12月から1月中旬にかけても複数回にわたり捕獲を実行しており、シャープシューティングの有効性はすでに示されているといえる。この業務請け負っている知床財団の職員は、シャープシューティングの実施に当たり、誘引に用いた餌の種類、出没したシカの頭数と構成、射手との距離、命中の有無などについて常に詳細な記録を残しており、そこから問題点、改善点を洗い出し、手法をより効果的なものへと洗練する努力を続けている。
 この業務は環境省の請負業務であり、年度ごとに報告書が出されるため、シャープシューティングの有効性や他の地域への適用可能性を検討するうえで非常に有用な資料となる。
 シャープシューティングはどこでも簡単にできるという種類の捕獲手法ではないが、ルサ相泊地区のように周辺に農地がなく有害鳥獣駆除は行われていない地域、あるいは国立公園内など狩猟が禁止されている地域では、特にこうした手法が有効であると思われた。
 前述したように、夜間発砲や小口径ライフルの使用を法的に認めることができれば、シャープシューティングの有効性をさらに高めることができる。
 専門家や学識経験者の意見を参考に、関係機関での討議を進めていただきたい。

 9)環境省による「南アルプスにおける事例」
 1-2 高山帯における捕獲の取り組み:南アルプスにおける事例
 事業名:環境省地域生物多様性保全実証事業「山梨県ニホンジカ個体数調整」
 実施主体:環境省、山梨県、㈱野生動物保護管理事務所

 (1)南アルプスにおけるシカの生息状況
 南アルプスでは1990 年代末頃より高山・亜高山帯の高茎草本群落(いわゆるお花畑)においてシカの採食圧の影響が報告されるようになり、その後の約10 年間で急速に拡大し深刻化している。南アルプスの高標高域は積雪量が多く、シカの生息には適していなかったが、近年の地球温暖化等による寡雪減少により、生息可能エリアに含まれるようになったと考えられる。また、南アルプス周辺の低山帯では、近年、山梨県、長野県、静岡県の3県ともにシカの密度が上昇しており、このことも南アルプス高標高域へのシカ進出の一因になっていると推察される。
 当地域のシカの行動特性は、信州大学、山梨県及び環境省により調査され、初夏から秋季にかけて標高2、800m までの高山・亜高山帯を利用しているシカが、冬季には標高1、600m 以下の地域を越冬地とし、季節的に大きな移動をすることが明らかにされている。越冬地は野呂川流域、三峰川流域など広範囲に広がるが、一部の個体は南アルプス周辺の放牧地を越冬環境として利用していることが指摘されている。

 (2)南アルプス北部地域における個体数管理の取り組み
 ① 中部森林管理局南信森林管理署
 平成19 年度から管轄している国有林内でくくりわなによる捕獲を行っている。
 ② 南アルプス食害対策協議会
 南信森林管理署、信州大学、長野県、飯田市、伊那市、富士見町、大鹿村で構成される同協議会が南アルプス林道の北沢峠から長野県側において銃器による個体数調整を実施している。また、大鹿村などの牧場において大型囲いわなによる試験捕獲を行っている。
 ③ 山梨県>
 平成21 年度から南アルプス林道を中心に管理捕獲を行っている。

 (3)新たな捕獲手法開発の取り組み
 山梨県では平成22 年度から環境省の地域生物多様性保全実証事業「山梨県ニホンジカ個体数調整」により、当地域のシカの越冬地の一つである野呂川・早川流域(県道南アルプス公園線周辺)において銃器による捕獲が実施されるとともに、餌による誘引捕獲、大型囲いわなによる捕獲の実証試験を行っているところである。

 ① 越冬地における銃器による捕獲
 南アルプス北部地域のシカの越冬地の一つである野呂川・早川流域では、河畔林や砂防堰堤周辺など比較的見通しの良い環境に、日中シカが出没しており、野呂川・早川の左岸を走る県道南アルプス公園線を利用して、有害鳥獣捕獲の許可を得たハンターが巡回して、シカを発見した場合に銃器により捕獲している。
 平成23 年2 月22 日~3 月8 日の捕獲期間で、31 頭が捕獲されている。

 ② 越冬地におけるシカの誘引試験
 特に南アルプスなど高標高域における個体数管理は、地形や路網の不足などが影響し、従来の捕獲方法では対応が困難な側面もあり、効率的な捕獲手法の開発が望まれている。
 シャープシューティングや大型囲いわななど、各地で効果の出ている捕獲手法は、 餌等による誘引が付随する。一方、野呂川・早川流域は南アルプスに生息するシカの 越冬地の一つとなっており、冬季には生息密度が上昇するものの積雪によって餌資源 は減少する。このことから、誘引を利用した捕獲手法は極めて有効と考えられ、実際 に、家畜用飼料(ヘイキューブ、小麦ふすま、圧ペン大麦)を使った誘引試験では、日中でも高い誘引効果が認められた。

 ③ 大型囲いわなによる捕獲
 越冬地における餌の誘引に良好な結果を得られたことから、今後、大型囲いわなによる試験捕獲が実施される予定である。設置予定の大型囲いわなの構造は図6~8 のとおりである。この囲いわなは林内に設置することを想定しており、支柱として立木を利用するため、設置の省力化が図れること(移設が容易なこと)と複数頭の捕獲にも耐えうる強度が期待できる。また、林内に設置することでシカの警戒心を低める効果も期待できる。

 (4)高標高域におけるシカ個体数管理の要点と課題
 高標高域におけるシカ個体数管理の課題を以下に列記する。
 夏季の高山・亜高山帯の捕獲は、シカ密度やアクセスの面から高い捕獲効率は見込めない。したがって、GPS テレメトリーシステムなどを利用した行動調査によって越冬地を探り、越冬下の生息密度が高い状態での効率的な捕獲手法を検討する必要がある。
 越冬地においても時期によって密度分布が異なることから、目視調査や痕跡調査により密度の高い地域、環境を絞り込む。
 これまでの誘引試験の結果、環境によっては日中の誘引効果も十分見込めるため、シャープシューティングやハイシートを利用した銃器捕獲も可能である。
 誘引された個体を銃器によって捕獲する場合、時間経過とともにシカの警戒心が高まるため、可能な限り捕りこぼさない方法の検討が必要である。
 南アルプスは、基本的に冬季に人の入り込みがないことから、安全の確保が容易である。このような条件下では、夜間の銃器による捕獲も検討する必要がある。夜間であれば、30m 程度の距離でシカと遭遇する機会が多いことから、安全確保の観点で有利な面もある。
 大型囲いわなによる捕獲の場合、越冬地においても積雪が増すとシカ密度が低下する可能性があるため、積雪の少ない初冬季(11 月下旬~1 月初旬)に実施すべきである。
 誘引餌に配合飼料(小麦ふすまや圧ペン大麦等)を使用する場合、タヌキなど他の動 物も執着させる可能性があるため、可能な限り短期間の利用に留めるべきである。越冬期であれば、他の動物の誘引の可能性が低いヘイキューブでも誘引効果は十分である。
 給餌を伴う大量捕獲を行う場合、誘引効果の維持のために組織だった取り組みが必要である。また、捕獲効率の低下を避けるには、猟友会任せの体制ではなく、専門家も含めた体制整備も必要である。